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佐藤拓実 個展「 マーリンケ、マーリンケ 」
会 期 2026年3月19日(木)〜30日(月) 11:00〜18:00 休廊日:火・水曜日
この度ギャラリー門馬では、佐藤拓実の初個展を開催します。 佐藤はこれまで、人々がある場所へ移り住み生きることへの関心を根底に据えながら、北海道の歴史や文化、ゆかりの人物等に着目し、絵画やインスタレーション制作をはじめ、展示企画、調査、執筆などを行ってきました。 展示のタイトルにもなった作品《マーリンケ、マーリンケ》(2024)は佐藤の祖父の家族写真を題材としたシリーズで、タイトルは祖父がロシア人からそう呼ばれていたという言葉に由来します。写真が撮影された樺太は、現在では地理的には近いものの心理的には遠い異国となっています。 あわせて本展では、地図をモチーフに「描く」という行為そのものを問い直す連作《土に輪郭はなく、水にも輪郭はない》などを展示します。 北海道に関わる様々なモチーフを用いて、個人と社会、記憶と記録、物語と事実のあいだを往復しながら、制作を通して自身の居場所を探り続けてきた佐藤の作品は、戦後80年を経て国家間の争いが激化する今日、ますますその意味を増しています。ぜひお越し下さい。 ・作家在廊予定日 3月19日(木)、22日(日)、28日(土)、29日(日) ・連続対談 佐藤拓実とは何者か ①南島興(美術評論家)× 佐藤拓実 2026年3月21日(土)14:30〜 ②四方幸子(十和田市現代美術館館長)× 佐藤拓実 2026年3月21日(土)16:30〜 会場:ギャラリー門馬 展示室 定員:各回15名(立ち見可)、申込不要、投げ銭制 ※対談開催中は作品が見づらくなります。ご了承下さい。 ・関連イベント・四方幸子によるトーク 2026年3月21日(土)開場19:00 開始19:30〜 会場:takibi 北海道札幌市中央区南11条西7丁目1−7 朝日ビルヂング3階 料金:2000円(当日入場料・アーカイブ配信) 企画・進行:佐野和哉(編集者) 共催・運営協力:佐藤拓実 詳細はInstagram(@takibispr)をご覧くださいグラフィックデザイン:黒丸健一「マーリンケ、マーリンケ」について 私の母方の祖父は小さい頃、樺太に住んでいたらしい。そう何度か耳にしていたが、元々祖父は口下手な人で自らそれを話すこともなく、私も特に深く尋ねることもないまま時間が過ぎた。 ある日、何気なく「樺太に住んでいた時の写真ってないの?」と訊ねた。すると、祖父の家の戸棚の引き出しから一枚の古びた写真が出てきた。幼い祖父と兄弟姉妹たちの家族写真だった。やや緊張した面持ちで並ぶ彼らの背後にはピントがぼけた林が広がり足元には草が生い茂っている。右手には白樺だろうか、木材が積まれている。裏面には曽祖父の手で「(昭)和十九年七月◯◯學校運動會」と書かれていて、樺太の山奥にあった集落の学校の校庭で撮影されたとわかる。それぞれの名前と年齢も記されていた。 このなんでもない一枚の写真を初めて見たその瞬間、「樺太」が急に形を持って私の目の前に現れた。 その後、祖父と祖父の弟から、樺太に住んでいたころの様子について聞いた。私にとって、地理的には近くとも、時間的にも心理的にも遠い異国である樺太は、彼らにとっては長い人生のごく短い時間を過ごした場所に過ぎず、記憶も断片的で薄れかかっている。日常のささやかな楽しみや、孫世代の私には悲惨に思える出来事などを彼らは訥々と話した。その中で、私の祖父がほとんど唯一覚えていたロシア語が、当時ロシア人から呼ばれていたという「マーリンケ、マーリンケ」という言葉だった。祖父を真似しながらGoogle翻訳に音声入力すると「子供」とか「小さい」という意味だとわかった。 それからしばらくして、私は祖父の家族写真を見た時の絵を描いた。そして祖父のために個展を開くことを決めた。佐藤拓実・略歴 佐藤拓実 SATO Takumi 画家。1993年北海道出身。2015年北海道教育大学卒業。2017年東京造形大学大学院修了。2025年4月から約10年ぶりに北海道を拠点とする。 2016年「アートとリサーチ 北海道の旅とプロジェクトのプラン作成ワークショップ」選抜。2017年「3331ART FAIR」推薦。2018年「塔を下から組む 北海道百年記念塔に関するドローイング展」(グループ展)企画。2019年「秋田市文化創造交流館(仮称)プレ事業 SPACELABO」(AIRプログラム)選抜。2024年「KAMIYAMA ART カドリエンナーレ 2024」四方幸子・南島興賞受賞。ほか展示参加多数。 Instagram @satotakumiart ・寄稿 「佐藤拓実試論〜新たに当事者として、そして新たな当事者へのメタモルフォーゼ〜」四方幸子(十和田市現代美術館館長)佐藤拓実と出会ったのは、2018年2月の長万部、北海道開拓写真研究協議会のシンポジウムと展示会場だった。初めて作品を見たのは前年の春の東京造形大大学院の卒業制作展で、以来何度か展示に足を運んできた。佐藤はその後、埼玉や盛岡を経て2025年春、10年ぶりに北海道に戻っている。 《隣人の描き方》(2017)、《近藤重蔵についてのドローイング》(2020)、本展のタイトルともなった《マーリンケ、マーリンケ》(2024)。実際見たこれらの作品は、佐藤が生まれ育った北海道の歴史、中でもアイヌの人々、そして和人による開拓の歴史に関するものだった。今回本人と話し、高校以来の作品や活動を俯瞰する機会を得た中で、北海道に戻る時期に制作された《マーリンケ、マーリンケ》が、佐藤が新たなフェーズに踏み出した作品ではと感じ、試論として展開する。 佐藤が北海道をテーマにした作品を制作し始めたのは、大学院つまり東京に行って以降である。それは気になりながらも自明であった北海道について、距離を置き対象化すること—一種の鏡像段階—に発している。そして北海道に戻った現在、あらためて当事者としてこの地や自身のルーツに向き合い始めたといえるだろう。初個展である本展は—それも北海道での—は、その意味でも重要な意味をもつ。 高校の時から油絵と銅版画に親しみ、緻密に描き込んだ動物やポルノを描き写したシュルレアリスム色の濃い銅版画を大学まで制作、大学では《 化石 》(2012)、《偽偽札》(2013)、《起こさないでください》と《人間出没注意 》(いずれも2012)、学部卒業制作の《日本論》(2016)など空間的な展開も行った。いささか脈絡がなさそうにも見えるが、気になる事物に真摯に対峙しながら方向性を手探りしていた時期だろう。しかしそこには一貫して、メタ的なアプローチと自明とされるものへの違和感が見られる。既存の記号やイメージ—しばしばステレオタイプとして無視される—を分解し、自らの手で別のメディアへと写し取り、元のものとともに展示する。描かれるものは、人であっても顔がないなど匿名・抽象化されている。動物と人の生態も、どちらが優位というわけでもなくフラットに扱われている。何より佐藤は、うまく描こうとしていない。ややもすると稚拙にさえ見えるタッチは強く執拗で、写し取るプロセスで対象が憑依した痕跡にも見える。 その中で、《版画》(2015)が、次のフェーズへの分水嶺となっている。日本の「創作版画」の祖とされる山本鼎の木版画《漁夫》(1904)を逆の技法(凹版)で制作することで、オリジナルと複製、凹と凸、オーセンティシティとフェイクが批評的に対置されている。 第二のフェーズは大学院で本格化し、《消しゴムはんこで看板を彫る》(2016)、《右衽左衽(うじんさじん)》と《富士山と羊蹄山》を並べた展示(2016)、修了制作《隣人の描き方》(2017)へ至る。《右衽左衽(うじんさじん)》と《富士山と羊蹄山》では、アイヌ/和人、本州(内地)/北海道が並列され、《隣人の描き方》では、江戸時代後期に和人の蠣崎波響が描いた『夷酋列像』(いしゅうれつぞう)(複写)とその模写が並列された。安価ではかない素材(消しゴム、トイレットペーパーなど)を用いた、大文字の歴史や資本主義的アイコンを脱力化するかのようなささやかでユーモラスな抵抗、「隣人」や「他者」として描かれる対象と描く主体(イメージ化する主体)の並列、並列されるものの間の非対称性やイメージの権力を、自ら描く行為から照射し問うことが行われている。 大学院修了後、「北海道百年記念塔」に関する展覧会(2018)と本の出版(2020)、天塩川や祖父の出身地・秋田での滞在制作(2019)を経て、2020年より《近藤重蔵についてのドローイング》、2024年に《M・Rシリーズ》を発表する。秋田ではルーツをたどる体験をし、近藤重蔵に関する作品では、本人と本人が演出したパブリックイメージ(自己顕示欲から作った石像)との齟齬が、愛憎混じった揶揄も含めて作品化されている。《M・Rシリーズ》では、裸眼/メガネ、ペン(インク)/水彩と左右に分割されたドローイングが提示される。隣人、ルーツ、自らを英雄化しようとした人物(近藤)、異なるフィルター越しの風景…いずれも時代やメディアの違いに起因する距離感や違和感を含んでいる。佐藤にとって世界は、自明でも統一的なものでもない。異なる要素が齟齬を持ちながらもかろうじて成立していること、人間の知覚や身体そして技術、社会や時代の偏向が幾重にも重なることで、イメージやリアリティが事後的に生み出されることが、作品を通して炙り出されている。 そして本展のタイトルとなった《マーリンケ、マーリンケ》(2024)である。本作は、モノクロで描かれた家族の絵をメインに、そこから二人の兄弟を切り取って小枝やパン、馬橇(うまぞり)などと描いた絵、そして元の写真で構成される。メインの絵は、ルーツを掘り下げる中、樺太(現:サハリン)で撮影された母方の祖父の幼少時代の写真に出会い、転写したものである。そのタッチから、制作を通して祖父や当時の彼の記憶を想像し、自身と接続しようとした衝動と軌跡がうかがえる。作品は、個人から歴史へと向かう力強く求心的な記憶と記録の探索であるだろう。ここで佐藤は、対象自体が纏わされているイメージを解体するための綻びや異化の導入から、対象への距離(写真というメディア、戦時中の樺太)がありながら、祖父を通してルーツをめぐる「当事者」へと初めて踏み出している。それは佐藤が北海道で育ち、第二フェーズで道外を拠点とした後、北海道へ戻ってきた時期とほぼ重なる。つまり北海道が自明であった時期から、北海道や自らに距離を置き対象化した上で、北海道へ戻る前後で当事者としての自己形成を家族の系譜を介して開始したことになる。 家族/国家、個人史/歴史、かつての樺太/現サハリン…。《マーリンケ、マーリンケ》では、これら対置される要素において、いずれも前者(家族、個人史、樺太)から描かれる。しかしそれらは、後者の存在によって成り立っている。 奥のスペースでは、《土に輪郭はなく、水にも輪郭はない》(2025)が展示されるという。北海道を形取ったパンの焼印が持つ表象作用から発想された連鎖するパターンは、迷彩模様のように見る側の知覚を撹乱する。それぞれの絵は北海道、樺太などルーツに関する地図に由来するが、そもそも自然には輪郭も国境もない。佐藤は水彩の滲みも利用しながら、抽象的かつアモルファスに地と図を撹乱する。遠くて近く、近くて遠い…遠近やアングル、ピントが移動し続けるアンビバレンスは、メタフレーム(という輪郭)自体を相互侵食させ、入れ子が入れ子を呼び込むフラクタルな—異なる次元がつながってしまう—世界を開く。 《マーリンケ、マーリンケ》で輪郭を見た佐藤の当事者性は、《土に輪郭はなく、水にも輪郭はない》で溶け始めた。新たな当事者性へのメタモルフォーゼが起きつつあるのだろうか。実際の展示を待ちたい。